白血病    

今日は、お店を新しくするに当たって、載せるべきかどうか迷っていた文章を載せさせて頂きます。

父のことを書いた文章です。
迷っていた時、知人のお父様が癌で余命宣告を受けたと知り、また別の友人からも叔父様が癌で余命告知されたとのお話を伺い、決めました。

父は、70代入ってまもなく天国に旅立ちました。
突然、定期検診をしている病院から『白血病』のため即入院、との連絡。
本人は症状もなくいたって元気だったので、「『白血病』?ガンの家系じゃないから、何かの間違いに違いに違いない」と。
母から電話を貰った時も、「お父さん『白血病』だっていうんだけれど、全然元気だから大丈夫だよね」と。
誰一人として、その当時元気で強かった父から『死』を想像することは出来ませんでした。
確かに、疲れやすかったのですが、そこから白血病を連想するほどの重病には見えなかったのです。

白血病は、免疫力が低下するため、外界との接触を断つことになります。
元気にも関わらず、無菌室への入室。
エアーカーテンが父の周りにあり、入室時は、消毒とマスクが義務づけられます。
ガラス越しの病室で電話を使っての面会時もありました。

抗がん剤で数値がよくなった時は、一時的に普通の生活に戻れます。
でも、元気で外にいられる時間も、次第に短くなっていき、
徐々に『死』と言うものを、本人も家族も意識し始めることになります。
父の病室には、家族や友人が交代で寝泊まりをしました。
そして、みるみるうちに痩せ細り、フサフサだった髪の毛も全て抜けていきます。

病室に泊まったある日、父に「生きていて欲しい」と伝えるた時の父からの返事が今だに忘れられません。
「俺だって生きたい。おまえが生かしてくれるのなら、何だってやる。生かしてくれるのか?」
と悲しみに満ちた返答でした。
当時の私には、返す言葉もなく無力さを痛感しました。

当時、病気とはお医者さんや薬が治してくれるもので、お医者さんが駄目だといったら、諦めるしか無い、と信じていたからです。
食事療法や手当法など全く知らず、そんなことは頭の片隅にもありませんでした。
食べるものによって、この体が作られていて、骨も皮も血もすべて、何を食べたかが影響していると言う、
当たり前の方程式が当たり前ではなかったのです。

父が「アンキモが食べたい」と言えば買いに行き、「ビーフシチュー」が食べたいと言えば探し、
外にも出られず、やりたいことも出来ない父の為に出来るだけの事をしてあげたいと思い行動しました。
父は戦後の貧しい時代に育ったと聞いています。
辛かった頃の反動もあったのでしょう、食に対してかなりのグルメでした。
ですから、私も『肉神話』の中で育ちました。
肉を食べなければ丈夫になれない、肉を食べなさい、もっと、もっと、と。

病気が発覚してからも、病院食を嫌い、常に好きな料理を作ってもらい、病院の中でもグルメでした。
好きなことをして、好きなものを食べて、それで満足して逝くのなら、それはそれでよいと思います。
でも、父はもっと生きたかった、そう言っていました。

途中から、薬の副作用で、酷い口内炎が出来、大好きだった食事もままならなくなり、
そして次は糖尿病、インシュリンも打つことに。
薬の量もどんどん増えるのに、一向によくなりません。
病気を治すのでなく、症状の進行の速度を落とすための治療が続きました。
様々な新薬を使っての、延命治療。
これだけ、医学が発達していても、世の中には治せない病気がたくさんある、
西洋医学って何なんだろう?、と考えました。
決して西洋医学を否定するわけではありません、とても必要です。
余命三ヶ月と言われた命を、一年まで延命してくれたのですから、それはやはり医学のお陰です。
最後まで、一生懸命父の面倒を見てくださった病院の先生や看護士さん方にも心から感謝しています。

でも、西洋医学では、何故その病気になったのかと言う、原因はあまり重視しません。
何故その病気になったのか、その原因を考える事が、とても重要なのではないのか、と思うのです。
今まで食べてきたもの、蓄積してきたもの、化学物質、添加物、アルコール、無理な労働、ストレス、
原因になったかもしれないと思われる要因を考え、それらをまず排除した上での治療もあってよかったのではないのかな、と今になって思います。

食べたものが身体を作る。
私達が本来、本能で分かっていたことを取り戻しせたら、もっと元気になれるのではないでしょか。
春には野草を食べたり、季節や地域の物を頂く。
お米一粒にも神様が宿ると考え、一粒も残さずに感謝して食べる習慣。
私達日本人が本来大切にしてきた、食生活や生活習慣。
ちょっと具合の悪いときには、梅干しや葛、生姜など、昔からの知恵を使う。
盲目的に、薬やお医者さんに頼るのではなく、暴飲暴食やケミカル摂取を控え、自分の生活習慣を見直す。
毎日の生活の中で簡単に出来ることばかりだと思うのです。

今思えば、私達が食生活を変え、菜食になっていったのも、この父の病気、治療、そして父の死を経験したことが大きなきっかけでした。
父の病気と死を通して、夫婦でこれからの人生を考え直すことが出来たことは、宝であり、亡き父に心から感謝しています。
これからも、楽しく一生懸命食事を作り続けます。
そして、魂が喜ぶ空間を築いていけたらと思います。

May all beings be happy(^^)
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by teuchisobaya | 2009-11-07 06:32 | Mariposa


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